• 台北捷運(MRT)の西門駅近くにある「中山堂」は、日本統治時代の1931年に建設された台北公会堂です。戦後は台北中山堂と改名され、国民党大会の会場として、また迎賓館として使用さてきました。現在も、音楽界、演劇上演、映画祭、各種展示会などの会場になっています。なお、中山は孫文の称号です。中山堂の正面入り口を斜めから撮った写真です。建物それ自体がどっしりしていて重厚です。正面の入口から中に入ると、中山堂の看... 続きを読む
  • 旧鶯料理や旧柳下食堂、そして呉園(旧台南公会堂)を訪れた後に、上海華都小吃點心城で小籠包を食べました。美味しかったでーす!メニューは豊富です。この上海華都小吃點心城は、上の写真のとおり、一人でもフラッとは入れる庶民のためのレストランという感じです。黄色いエプロンをかけたおばちゃんたちがお世話をしてくれます。(笑)私は、ここで小籠包、蝦炒飯、蛤湯をいただきました。上海華都小吃點心城は、台南の中にくしに... 続きを読む
  • 1998年の台湾鉄道西部幹線複線化工事の完成に伴って廃駅となっていた勝興駅が、旧山線観光の目玉である可愛い電動式レールバイクの出発駅として注目を集めています。勝興駅は、日本統治時代の1912年3月31日に建設された台湾鉄道の駅です。台湾ではもっとも高い所(海抜402メートル)にあるので、構内にはそれを記念する石碑があります。また、駅舎の向かい側には駅長のための官舎も残されています。懐かしい昭和を偲ぶこと日本式木... 続きを読む
  • 牡丹社事件で日本に脅威を感じた清が、1871年に築いた砲台です。二鯤鯓砲台とも呼ばれています。建設には当時荒廃していた安平古堡(ゼーランジャ城)のレンガを用いました。日清戦争後の下関条約によって台湾の日本への割譲が決まると、それまで台湾を守っていた劉永福とその部下約300人がここに立てこもり、最期まで日本軍に抵抗したそうです。現在ここにあるのはアームストロング砲のレプリカですが、本物は日露戦争の時に行方... 続きを読む
  • 呷霸浮水魚羹のツミレ汁です。フワフワの触感がたまりません。噛めば噛むほど味が出ます。材料は100%の白腹魚(さわら)です。練り上げた粘り気のあるサワラのツミレをさっとゆでて、甘酸っぱいスープに入れれば、はい出来上がり!口当たりの優しい上品な一品となります。この呷霸浮水魚羹ですが、場所は赤崁楼の目の前なので、観光途中にふらっと立ち寄れる場所に位置しています。メニューには蝦捲、米粉、魚餅などもあります... 続きを読む
  • 日薬本舗は、台北を中心に展開しているチェーン店で、日本製の医薬品、雑貨、食品などを取り扱っているお店ですが、今日紹介するのは、2015年にオープンした日薬本舗西門町店の4階にある博物館です。お店の入口は普通の薬局です。中に入っても普通の薬局です。でも、4階まで上がっていくと、急に懐かしい光景が目に飛び込んできて、昭和の日本にタイムスリップです!ウルトラマンを祀ったウルトラ神社?像の「さとちゃん」がいる... 続きを読む
  • 2009年から高架化工事と新駅舎の建設が行われていた台湾鉄道の台中駅ですが、このたびすべての工事が終了して駅前広場が綺麗になりました。駅前広場にはアートの街を象徴するようないくつかのカラフルなモニュメントが配置されています。運用が始まった新駅舎は、二階がコンコース、三階がプラットホームになっています。これに伴って1917年に建設された赤レンガの情緒ある旧駅舎は、100年以上にもおよぶ駅としての役割を終え、近... 続きを読む
  • 龍騰断橋は、日本の台湾総督府が1908年に建設した台湾鉄道西部幹線の鉄橋です。1935年に台湾中部で発生した大地震によって崩落したため、その西側に新しい鉄橋が架けられましたが、赤レンガの土台は1999年の大地震にも耐え、現在に至っています。龍騰断橋には遊歩道が整備されており、1935年の地震の後に建設された鉄橋や、長年の間に蔦や根が絡みついた龍騰断橋の土台を間近で見ることができます。 ところで、1935年に建設された... 続きを読む

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