億載金城(台南)日本の脅威に対する防衛のために建設された砲台

牡丹社事件で日本に脅威を感じた清が、1871年に築いた砲台です。二鯤鯓砲台とも呼ばれています。建設には当時荒廃していた安平古堡(ゼーランジャ城)のレンガを用いました。
億載金城01
日清戦争後の下関条約によって台湾の日本への割譲が決まると、それまで台湾を守っていた劉永福とその部下約300人がここに立てこもり、最期まで日本軍に抵抗したそうです。
億載金城03
現在ここにあるのはアームストロング砲のレプリカですが、本物は日露戦争の時に行方不明ということなので、戦地に運ばれて使用された可能性があります。
億載金城02
億載金城堀によって囲まれた四稜郭の要塞です。中央の広場は訓練所でしたが、今は長閑でゆったりとした時間が流れている公園になっていて、「夏草や兵どもが夢の跡」状態です。
億載金城04
<牡丹社事件> 
1874年(明治7年)10月、台湾に漂着した宮古島島民54人が殺害される事件(宮古島島民遭難事件)が発生した。この事件に対して、清政府が「台湾人は化外の民」で清政府の責任範囲ではない事件(清政府が実効支配してない管轄地域外での事件)としことにより、日本は軍隊を派遣して事態の収拾にあたらせた事件。

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億載金城(台南市安平区南温16號)
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